当サイト運営者の思い(高次脳機能障害)

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サイト運営者の交通事故体験とそこから学んだこと

11年前に交通事故に 1999年4月に私も交通事故に遭っています。自転車対車の交通事故で、右大腿骨を骨折し救急搬送されるケガを負いました。

骨のささえを失うと、足はただぶら下がっているだけに

頼みの救急車も道に迷うほどの山奥で、ずいぶん長く待たされたような気がします。時間を長く感じたのは、骨折した右太ももがあらぬ方向に曲がり、妙に短くなっていたという見た目が原因かも知れません。痛みはもちろん、ただぶら下がっているだけのような太ももをみて気分が悪くなったものです。痛みと気分の悪さがあいまって、1メートルくらい先にある崖に何度も飛び降りたくなりました。骨の役割の大きさを思い知った瞬間でした。

気を失っては目覚めての繰り返し・・・

後になって聞いた話ですが、現場にいた加害者は私が気を失っては目覚めるということを何度か繰り返していたそうです。私自身にその記憶はありませんが。。そうこうしていると、遠くで救急車のサイレンが聞こえてきました。

車の振動にあわせるように体も震え・・・

救急車のサイレンが聞こえてくると、これでようやく楽になれると安堵しました。しかし、それもつかの間、今度は救急車から加害者の携帯電話に連絡があり、道が狭くて入れないということを伝えてきました。そして、麓まで加害者の車輌で降りてきて欲しいとのことです。私は、ささえを失いぶら下がっているだけの右足を両手で持ち上げ、それで思い切って加害車輌の助手席にひきずられるように乗り込みました。車が移動する間、車の振動にあわせるように体中が震えていました。

そして再び意識を・・・

麓に到着すると救急車が待っていてくれました。今度こそ本当に助かると安堵しました。しかし、ここにも試練があり、今度は加害車両から救急車に移らなくてはなりません。救急隊員はプロなので、ついさっき加害者にひきずられたときほどは痛い思いをしなくて済むだろうと思っていました。しかし、助手席である程度痛みが抑えられるポジションを確保していた私を引きずり出された瞬間の痛みは今でも決して忘れることはできません。そして地面に寝かされ、今度はストレッチャーに両脇・両足をかかえられ乗せられるのですが、このとき痛みのピークを迎えたようです。右太ももがくの字にまがり下がってしまうので、救急隊員が加害者に太ももを持って支えるように指示を出していました。正直言って、あの支えは不要でした。持ち上げられたときに再び意識を失ったようで、次に記憶がもどったときは救急車の天井を見上げていました。救急隊員の指示で加害者が近づいてきたところまでは覚えています。しかし、そこから目覚めるまでの記憶がまったくありません。

病院はさすがに快適!

病院はさすがに快適でした。何をされたかはっきりと覚えていませんが、痛みが楽になったのは覚えています。さすが病院です。その日のうちに、骨折に対する手術を受けることが決まりました。手術の日まで、足に重りをつなげ、引っ張る状態がつづきました。

手術までのちょっと変わった悪い夢

手術の日まで約2週間、安静に過ごす日が続きました。その間、悪い夢を何度か見ました。

(夢の話)

私は海でサーフィンを楽しんでいました。波に乗るためパドリングをし出した瞬間、右足に激痛を覚えました。急いで自分の右足を見てみると何とサメが私の右足を太ももの途中まで食いちぎってムシャムシャと食べているのです。どうしてよいか分からずパニック状態で何かわめいた瞬間に目が覚め、現実の世界にもどってきました。病室のみなさんを驚かせおこしてしまいました。そして、右足を見るとちゃんとつながっていました。しかし、牽引装置がずれており、足が妙な方向にねじれていたのです。その後もなんどか同じようなことが起こりました。

(夢の話2)

登山道を整備するボランティアに参加していました。倒木を移動させるためにチェーンソーを使っていたところ、操作を誤り右足を切断。わめいていると目が覚める。そんな悪夢を何度かみることになりました。

手術は無事成功

幸か不幸か、私は自転車競技をしていた関係で太ももの筋肉がしっかりとついていました。そのおかげで大腿骨がポッキリと折れていたにも関わらず、筋肉がガードしたことで開放性骨折(皮膚を突き破る骨折)にならずに済んだ、と言われました。しかし反面、手術ではそれが災いし、予定時間を大幅にこえることになりました。元々は3時間の予定であったのが、倍以上の7時間を要する手術となりました。半身麻酔(腰椎麻酔)であったため意識がある中で、素っ裸にされた状態で7時間、何もできず、寝返りすることさえ許されない状態でじっとしていました。かなり退屈でした。下にしていた左腕は完全にしびれていました。とは言え多少の余裕は残っていて、横で暇そうにしていた麻酔科医とは多少のおしゃべりをしていましたし、右手の人差し指につけられた脈拍計を外しピーっと鳴らすなど、今となっては悪趣味ないたずらだったと反省していますが、そんなことをしていました。ただ、やはり苦痛であったのは確かなようで、手術室に持ち込み聞いていた宇多田ヒカルのアルバムは、今でもその収録曲を耳にするだけで気分が悪くなってしまいます。心的外傷といったところでしょうか。

保険会社の驚きのマニュアル

今でこそ交通事故被害者支援の専門家なので、あの時はばかなことをしたと反省しています。あのときは何も知らない交通事故初心者でした。比較的大きなケガをし、今でも感覚が麻痺するなど後遺症が残っているにも関わらず、さっさと示談をしてしまったのです。あのときの加害者側の保険会社の担当者の顔を思い出すと今でも気分が悪くなります。あのような態度をとられると何も知らない被害者は皆例外なく騙されるはずです。交通事故に詳しい被害者などいるはずがありません。それをいいことに保険会社は自分たちに都合のいい解決を導いているのです。その後、行政書士として仕事をしている過程で、同じ保険会社のマニュアルを見る機会がありました。そこには、ウソは2回までついていい、といった趣旨のことが書かれていました。

強く反省したこと

法律的なことで困ることはありませんでした。しかし、交通事故の解決を失敗しました。その理由は明らかです。交通事故は一見すると法律の問題ですが、本質は医療の問題だからです。私が医療や病院事情に詳しくなかったばかりに、私は交通事故の解決に失敗しと強く反省しました。

医師任せにしていた私がバカでした

補償のためには診断書は必要です。しかし、診断書の書き方を学んだことなどなく、書き方を知らないというのが医師の本音です。それを聞かされたのは交通事故から少し経ってからのことです。主治医を務めてくれた先生の後輩と親しくなり、あれこれ医師の本音を聞き出せるようになってからのことです。それまでは医師の本音や実情など知らず、おろかなことをしていました。

医学的に妥当なことでも聞き入れてない医師が多い

医学的に妥当なことなら聞いてくれてもよさそうなものです。確かに、中にはそういう医師もいます。ただし、その数は多いとは言えません。親しくなった医師の言い方を借りれば、「開業医は時間に余裕があるから患者の話を聞く余裕は少しあるよ。でも勤務医の忙しさは半端じゃないから余程気のいい先生でない限り話を聞いてくれないし、聞いてくれても診断書を書く時には忘れていると思うよ。実際、勤務医をしていたころは私も忘れていたし。そして何より、勤務医は患者のことより自分のことで手一杯だよ。」そして、「開業医でも、『患者は無知』という言葉を大学でも教えられ、勤務医時代にそれを実感し続けてきた先生が多いから、そう簡単には患者の話を診断書に反映するとは思えないよ。」とのことです。これが医師の本音と交通事故被害者を取り巻く現実です。

医師を安心させるほどの患者にならなくては・・・

診察や治療を受けている期間中に、医師から信頼され安心されるようになること。それができていなければ、診断書に口出しするのはやめておくのが賢明です。逆効果です。よい診断書になるどころか煩わしい患者とレッテルを貼られることでしょう。信頼関係が築けなければ転院を真剣に検討しなければなりません。

病院の当たり外れによる不公平・・・

残念ながら、医師の当たり外れで不公平な交通事故解決を余儀なくされる被害者は大勢います。しかも外れがあまりに多いのが実態です。交通事故の解決は法律知識よりも、ずっとずっと病院選びの方が重要です。それを身をもって経験しました。行政書士を始めてからは、その思いをさらに強くしました。こうして私は、「病院(医師)の当たり外れで不公平な解決を余儀なくされる被害者に納得いく解決をもたらしたい。」と思うようになり、これが行政書士事務所・交通事故ナビの設立動機となりモットーであります。事務所のお越しいただくとご覧になれるのですが、相談室にはふで書きされたモットーが掲げられています。

私自身の交通事故で気づかされたこと

交通事故は法律よりも医療の問題です。これは私独自の定義ですが、被害者の多くが賛同してくれると思います。

交通事故ナビのこだわり

医師の当たり外れが原因で不公平な解決を余儀なくされそうな交通事故被害者の助けになること。そのために病院紹介をすること。これが私のこだわりです。私自身が交通事故解決に失敗し、交通事故の勉強をしていく中でこの思いはどんどん強くなりました。医師と親しくなり、医師の本年を聞けば聞くほど、この思いは強くなりました。交通事故ナビは発足して以来、一貫してこれをモットーにしています。

交通事故ナビを始めた動機

まさに私自身の失敗が動機です。失敗した原因は、私の勘違です。交通事故は法律の問題ではありません。医療の問題です。それを勘違いしていたばかりに、私は交通事故解決に失敗してしまいました。この文章をお読みのあなたは、交通事故は医療の問題ということはもうお分かりのことと思います。しかし、未だに多くの方が勘違いされているのは間違いありません。私は、あなたに私と同じ勘違いをし、同じ失敗をして欲しくありません。そういう思いをもって交通事故ナビを発足させることにしました。

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